今回は…
私の闘病日記vol.1
『家族性大腸腺腫症(FAP)診断』
をみなさんにお話ししたいと思います。
読み始めると、
前回の内容とほとんど同じなのでは?
と思う人もいると思いますが、ちゃんと闘病日記は闘病日記についての内容、病気は病気についての内容と分けたかったので、、
ぜひ読んでね!
↓↓前回のお話を読んでいない方はこちらから↓↓
家族性大腸腺腫症(FAP)と私の闘病日記(FAP診断前から大腸癌になるまで)

そして。
私と同じ病気で悩んでいる方。
または。
大切な家族に私と同じ病気にかかってしまった方に向けて、少しでも勇気になればと思っています。
そして。
私みたいに病気ではなくても、人生を生きていれば誰もが悩みを抱えて生きていますよね。
仕事で抱えるストレスに、人間関係のトラブル。
将来に不安を抱える人や、お金で困って毎日の生活が息苦しくて…
中には『自殺』をしてしまう人だっています。
何か、もう、消えてしまいたくなる気持ち。
私もそういう感情になった時あったので、少し分かる気がします。
でもね…
正直に言えば!!
もしも今のあなたの体に何も病気がなくて、元気な状態であれば…
私は、あなたが『羨ましい』です。
だって…
私は22歳の時、大腸を手術で全部『摘出』してしまったので、日常生活でも不便なことが多い。
(病気がなくて健康な人は、いいなぁ…)
と思うことも多いです。
でも!
人の悩みに、大きいも小さいもない。
そんな風にも思います。
私みたいに『体』に問題を抱えてる人、それに体は元気だけど『心』に何かを抱えてる人。
いろいろな人がいるけれど、
『生きてる』ってことは、本当にラッキーなんだよ。
そんな当たり前なことに今回、あなたが気づいてくれたら嬉しいです。
私の闘病日記
では、ここからは、
私の闘病日記vol.1
『家族性大腸腺腫症(FAP)診断』
をお話していきたいと思います。
パパにはもう会えない
私が8歳の時。
パパが大腸癌で死んでしまった。
私が幼稚園の頃から、パパは闘病生活に苦しんでいた。
何度も病院に通院していて、入院と退院を何度も繰り返していた。
家族で出かけていても、顔色が悪くて子供の私にも具合が悪いのが伝わってきた。
だけど…
まさか、死んじゃうなんて思っていなかった。
それに子供の私は、いつかパパは元気になるんだろうと思っていた。
パパが入院している病院に、何度もお見舞いに行ったのを覚えている。
病院に入った時に匂うコーヒーみたいな匂い。
病院の生暖かい温度。
ちょっと不気味で薄暗い感じ…
具合が悪そうに点滴スタンドをガラガラ引きながら歩いている患者たち。
せかせかと忙しそうに行き交う看護師さんたち…
病院って具合悪そうな人がたくさんいるし、自分もなんだか具合が悪くなってきそうで、病院にいるだけでもう疲れる。。
当時の私はそう思っていた。
ある日。
パパのお見舞いに行って帰る頃。
「ママ今日、病院に泊まるね。」
とママは言った。
子供ながらに私は…
(何で、ママは病院に泊まるんだろう…)
そんな風に感じた。
私と兄は、おばあちゃんと一緒に家に帰ることになった。
次の日の朝。
父が亡くなった。
その時の私は、寂しいとか、ガッカリとかそういう感じではなくて、
なんて言ったらいいのかわからないけど、人が死ぬということがよくわかっていなかった。
それからお葬式で、棺桶に入った父の遺体を見ると…
顔が青白くて、触るとひんやりと冷たくて、ほっぺは少し固く感じた。
パパがパパじゃないみたい。
悲しくなって、涙がボロボロと止まらなくて、お葬式中はずっと泣いていた。
それからお葬式が終わってから、
パパは、天国に行っちゃったけど、天国で病気が治って元気になったら、またパパに会える!
当時の私はそう思っていた。
そこでママに、
「パパにはいつ会えるの?」
と聞いたのを覚えている。
すると…
「パパにはもう会えないの…」
ママはそう言った。
死んじゃったらもう会えないなんて、誰にでもわかることだけど、その時の私は、本気でまたパパに会えると思っていた。
(パパには、もう会えないんだ…)
そこで私は、子供ながらに心が締め付けられるように苦しくなったのを、今でも覚えている。
初めての血便
パパが亡くなって11年が経った。
私が19歳の頃。
ある日、トイレで血便が出た。
「…えっ!?」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
次の瞬間!!
サーッと血の気が引いて、何度も便器の中を確かめてしまった。
これは血なのか、そうじゃないのか?
もしかしたら何か赤い食べ物が混じっていただけ、なんじゃないか…
そわそわ焦る気持ちをごまかそうとしたけど、やっぱりヤバイかな、どうしよう、病気だったらどうしよう…
不安な気持ちが心を真っ黒に染め上げた。
(まだ私19歳だし、病気じゃないよね?)
まさか自分が病気になるはずないと思って、しばらくの間様子をみることにした。
そもそも血じゃないかもしれないし、病気になるなんてあり得ないし…
だってまだ19歳だもん…!!
まだ若いし、未成年だし、そんな若い年齢で病気になるわけない。
絶対に病気なんかじゃない!!
ただ…
小さい頃から、ママに…
「トイレで血便が出たら教えてね」
そう言われていたので少し、いや、だいぶ心配になった。
なぜなら、私のパパも大腸癌だったから。
しかも、パパは遺伝性疾患の家族性大腸腺腫症と診断されていたこともあって、
もしかしたらパパの体質が私にも、遺伝しているかもしれないから…
やっぱり自分の体だから、心配だし怖いけど、今いろいろ考えても何も変わらないから、
とりあえず、このことは一旦忘れようと思った。
でも、もしも病気だった場合…
この先のことを考えると怖くて不安でいっぱいだったから、考えようとしなかったし、自分の体と向き合うことをしなかった。
病魔が私を襲い始めた
血便を放置し続けて、1年が経過。
私は20歳になった。
20歳というと、もう成人。
お酒も飲めるようになって、これからが楽しい時期の20代。
でも…
1年経ってからも血便は止まらなかった。
血便が出るたびに、心を締め上げる焦りと恐怖が、何度も、何度も、何度も、フツフツと湧き上がってきた。
だけど…
(私は大丈夫だよね、きっと何か赤い食べ物が混じってた、だけだよね…)
必死になって一生懸命、自分に言い聞かせた。
だけどね…
何となく、分かってた。
さすがの私も、そろそろ病院に行かないといけない状況だということは重々分かってた。
でも…
怖いんだもん。
病院に行ったら、もう手遅れかもしれない。
すでに『癌』になっていて、もしかしたら転移とかしているかもしれない。
TVドラマとかでよく見る『余命宣告』とか…
そんなリアリティはいらない。
血便が出ているのに、病院には行かない。
病院で診察を受けるべきだ、というのは分かっていながらも、現実逃避を続けた。
いわゆる見て見ぬふり。。
とにかく、その時の私は怖い気持ちから逃げたくて…
結果。
私は『痔』だと思うことにした。
今、考えると…
ただ単に『痔』だと思いたかった、だけなんじゃないかって思うんだけどね。
でも…
トイレの後、お尻がヒリヒリ痛い時は、切れ痔だという妙な自信があった。
けれど…
下痢も継続、お尻も痛くないのに血が出た時は、さすがに不安になった。
不安で怖くなって、私は病気だということは絶対に考えたくなかった。
他に何か原因があるんじゃないか、私なりに考えてみた。
下痢をするということは『水分』の取りすぎだから?
そう思って、あまり水分を取らないようにしてみたり。
運動して汗をいっぱいかいて、下痢をしないように健康的な生活をしようとした。
でも…
結局、下痢は治らなかったし、血も出続けた。
そこで、これはもう腸からの出血しかないと確信した。
自分だけではどうしようもできない、もう無理、治らない。
病院に行って、ちゃんと医者に診てもらわないといけない。
もう、この段階では『諦めるしかない』といった感じだった。
私はきっと大丈夫じゃない、私にできることはない、病院に行く以外の選択肢は、もう私には残されていなかった。
それでも唯一。
安心できた時は『生理』の時だった。
トイレに行っても毎回この期間だけは、便器の中が真っ赤になるのは当たり前だから、
下血しているのか、確かめる必要もないし、怖いものを見なくて済む。
それに。
不安になる必要もなかった。
(毎日が生理だったら、こんな不安な気持ちになったりしないのに…)
そう、何回も、何回も願った。
とにかく。
この先に起こるであろう『怖いこと』は、もう考えたくなかった。
でも…
それでも頭が、そればっかり考えてしまう。
忘れようとすれば、結局それは思い出してるってことで…
どうしようもない毎日。
やっぱり危機を感じたし、私の体が今どのような状況なのか。
これから生きていくのに、大丈夫なのか。
もう…
『白』か『黒』ハッキリさせないと。
がん細胞アリの疑い
そこで私はGoogleで『血便 病気』と検索した。
すると…
私の恐怖心を急激に煽るような恐怖の文言が、ズラズラ並んでいた。
血の気が一気に引いていくような病名が画面上に、ズラーッと表示された。
・大腸癌
・潰瘍性大腸炎
・虚血性大腸炎
などなど…
聞き慣れない大腸の病名が次々に出てきた。
(えっ、何コレ…)
難しい専門用語が羅列してるページの中で、私にバッチリ当てはまるのは『大腸癌』だと思った。
なぜなら…
パパも大腸癌だったから。
もう言葉にならない音量ゼロの悲鳴が、心に痛々しく響いた。
そんな絶望に畳みかけるように…
『大腸癌は自覚症状が出たら、すでに癌が進行していることが多い』
そんな知りたくもない説明文を発見。
(えっ、…ってことは、もう私の体は…)
不安のドン底、奈落の底に突き落とされた気分になった。
まだ自分が癌と診断されたわけではないし、病気かもわからないのに。
私の頭がどんどん『悪い未来』を想像してしまう。
それでも病気だと思いたくなかった。
トイレで血便が出たとしても、次また血便が出たら病院行こう…
問題を先送り。
今度こそ病院を探そう、いや、また今度…
そうやって、ズルズル病院に行くのを後回し。
でも…
血便が出るということは、体のどこかで何か悪い異変が起きているサインだと、改めて気づいた。
せっかく自分の体が警告のサインを出してくれているんだから…
病院に行くのは少しでも早いほうがいいと思い直した。
(これ以上、病院に行くことを先延ばしにしない方がいいよね…)
もし本当に病気だったら…
それなら明日よりも今日という風に、診てもらうのは1日でも早い方がいいだろうと思った。
これから一体、私はどうなってしまうのかな。
もし私が病気だったら、この先…
元気に美味しいもの食べたり、いろいろな所に遊びに行ったり、人生を楽しむことができるのかな…
まだまだこれから先やりたいことたくさんあるし、病気でも後悔のない人生を送れるのかな?
病院へ行ったら、すぐ大腸内視鏡検査を予約するんだろうと思った。
スマホで調べた時も、血便などの症状が出たら、まずは大腸内視鏡検査をすると書かれていた。
それに…
兄も血便疑惑で、前に大腸内視鏡検査をしたことがあった。
私も『あの』検査をすることは分かっていた。
早速、病院を探してみることにした。
自分にとっては大きな一歩。
ちょうどこの頃、今の家を引っ越す予定だった。
次の新しい家から近い病院を探してみることにした。
調べてみると…
電車で乗り換えがあるけれど、比較的家から近い病院を見つけた。
最終的に、そこの病院に行くことに決めた。
ここで初めて、ママに今まであった症状などを説明して、もう病院も探してあると言った。
それからすぐに行くことになった。
大腸内視鏡検査をするには、病院に行って、まずは診察を受けてから検査の予約をする必要があった。
病院通いの幕開け
ママと一緒に電車に乗って病院へ向かった。
病院の外観を見ると…
『ザ・町医者』という感じの、こじんまりとした小さな病院だった。
まさにアットホームみたいな感じ。
恐る恐る自動ドアの前に立って中へ入ると…
病院特有の重苦しい雰囲気と薬品の匂いが広がっていた。
音をたてないよう静かに靴を脱いで、スリッパに履き替える。
受付の看護師さんに、
「内視鏡検査の予約に来ました」
と伝えて、保険証を提示する。
看護師さんから、
「呼ばれるまで少し待っていてくださいね」
と言われた。
椅子に座って、おとなしく待つことにした。
結構狭い病院だけど、診察する部屋がいくつかあった。
診察室に呼ばれる前はすごく心配で、すごく怖かった。
(先生から何て言われるんだろう…)
悪い想像ばかりが膨らんでいった。
『心配』『不安』『恐怖』
そして…
アナウンスで自分の名前が呼ばれて、待合室に響き渡る。
そっと静かに椅子から立ち上がって、診察室の方へ向かった。
診察室のドアを横にスライドして、恐る恐る中へ入る。
すると…
おじいちゃん先生が椅子にポツンと座っていた。
私も椅子に座ると、いくつか問診された。
・血便はいつから出ている?
・腹痛はある?
・血の色は赤黒いのか、真っ赤な鮮血?
などなど…
血が赤黒いとか、真っ赤なのか、そんなの正直わからない。
赤黒いかと言われれば、赤黒い血なのかもしれない。
でも…
真っ赤な鮮血だったかと言われれば、真っ赤な鮮血だったかもしれない。
(どっちにしろ血は血なんだから、早くどうにかして…!)
聞かれた質問を次々と答えていった。
最後に…
「私が小さい頃、父が大腸癌で…」
と先生に説明した。
一通りお話が終わると、やっぱり内視鏡検査をした方がいいとのことだった。
大腸内視鏡検査は、何も異常がなければ20分くらいで終わるらしい。
問診と内視鏡検査の予約が済んで、待合室に戻る。
別室で看護師さんから検査の説明を受けた。
一緒に同意書を見ながら検査による『出血』『腸管裂孔』『死亡率』など…
(検査をするだけなのに、出血とか死亡率とか大袈裟じゃない…?)
そして…
・検査前の食事リスト
・酸化マグネシウム
・ピコスルファートナトリウム
・マグコロールP(2リットル)
看護師さんから身振り手振りで、当日の下剤の作り方や飲み方をわかりやすく説明してもらった。
説明が終わって、この日はそのまま家に帰った。
すごく心配だし不安だった。
検査をしないと本当のことはわからない。
(きっと大丈夫、なんとかなるよね…)
自分によく言い聞かせて、内視鏡検査までの日々を送った。
徹底した食事制限
検査3日前。
ついに食事制限が始まった。
病院からもらった検査前日まで『食べてもいいもの』『食べてはいけないもの』が書かれたリストを参考にして過ごした。
食べてもいいものは、
・カステラ
・うどん
・柔らかめのパン
・おかゆ
などなど…
(風邪を引いた時に食べるものばかり…)
これらを食べても食べた気がしなかった。
食べちゃダメって言われると、なんだか無性に食べたくなってしまう。
いつもより水分も多くとるように心掛けた。
もう少しで内視鏡検査があると思うと、家にいても全然落ち着かなかった。
大腸内視鏡検査前日
そもそも内視鏡検査って、どういう流れで検査していくんだろう。。
何もわからないから、検査前はずっと生きた心地がしなかった。
今回は…
2リットルのマグコロールPという下剤を飲んで、大腸の中を空っぽにしないといけない。
粉状の下剤が入ったプラスチック製の入れ物を眺めながら、いろいろ考えた。
(検査いやだな、早く明日が終わればいいのに…)
(たったの2〜3時間で2リットルも飲める人いるの?)
そんなことを考えていると…
ますます、どんよりとした暗い気持ちになっていった。
(マグコロールっていう下剤は初めて聞くけど、一体どんな味がするのかな?)
兄が内視鏡検査をしたときは、ニフレックを飲んでいた。
ニフレックは、レモンの匂いがして、味はゴムみたいと兄は言っていた。
検査前の予習ということで…
Googleで『マグコロール 味』と検索して調べてみることにした。
検索の結果…
クチコミなどを見てみると、ほとんどの人が『ポカリのような味』と言っていた。
(ポカリ…なんだか飲めそうな気がしてきた…!)
どうやら…
マグコロール以外の下剤でも、事前に冷蔵庫でキンキンに冷やしてから飲むと、スムーズに飲むことができるらしい。
確かに、ぬるい常温で飲むよりも、冷蔵庫で冷やして飲む方がグイグイ飲めそうな気がした。
(よかった…前日にちゃんと予習しておいて)
早速、下剤作りを始める。
粉が入っているプラスチック製の入れ物の中に2リットルの水を入れる。
バーテンダーにでもなったかのように上下に振って、粉を全部溶かしたら調理完了。
それから冷蔵庫に入れて冷やした。
病院で使われる医療用の飲み物とか食べ物を口にするのは、すごく抵抗があった。
飲み物だけど、飲み物じゃないみたいな。
人間が飲むような、この世の飲み物じゃないみたいな。
なんか自分でも、何を言っているのかよくわからないけど…笑
前日までは食事制限しなきゃいけないから、ご飯はあまり食べられない。
だけど…
検査が終われば、また普通にたくさん食べることできる。
(とにかく検査が終わるまで、嫌でも頑張らなきゃ…!)
もう検査からは逃げられない。
地味に辛いピコスルファート
検査前日の寝る前。
目薬のような入れ物に入っている『ピコスルファートナトリウム』という下剤を、コップに入れて水で薄める。
すると…
水面に油のようなものがプカプカ浮き始めた。
見た目は、油の混じった水。
ここでじっと眺めていてもしょうがない…
コップを持って、息をしないように喉にどんどん流し込んでいく。
残りの量を目で確認し続けながら、なるべく何も考えないようにしてゴクゴク飲む。
これ…
味は水のようで水じゃない。
ほのかに甘い風味がして、すっごく不味い。
(気持ちわるっ!!)
飲んでいくにつれて、体がどんどん受け付けなくなっていく。
いかにも『医療用の飲み物』という感じ。
人工的な匂いもして、思わずオエッと吐き出しそうになった。
何も考えずに、大量の水で薄めたから全部飲むのが辛かった。
けれど…
何とか全て飲むことができた。
こんな量を飲むだけでも、まずくて大変だった。。
明日の朝、2リットルの下剤をスムーズに全部飲むことができるのか…
すごく心配になった。
ピコスルファートナトリウムも、下剤の一種。
だから…
(夜中、目が覚めてトイレに行きたくなったりしたら嫌だなぁ)
ただでさえ、初めての内視鏡検査で眠れそうにないのに…
寝不足になったりしたら、余計に朝に飲む下剤が飲めなくなる気がした。
不安でいっぱいになった。
でも…
(ちゃんとしっかり寝て、下剤に挑まなきゃ…!)
下剤は、検査開始5~6時間前を目安に飲み始めないといけないことになっている。
もちろん、寝坊なんてできない。
スマホのアラームを5時半に設定して、ベッドに横になる。
(2リットルの下剤、全部飲めるかな…)
怖くて、どうしようもなく不安な夜を過ごした。
壮絶なマグコロールとの闘い
内視鏡検査当日。
朝、スマホのアラームが鳴る前に目が覚めた。
起きようと思っていた時間よりも、少し早く起きることができた。
でも…
まだ外が暗い時間に起きることが滅多にないから、目が全く開かないほどすごく眠かった。
今すぐ布団に戻って、二度寝をしたいくらいだった。
今回飲むのは…
前日、冷蔵庫でキンキンに冷やしておいた『マグコロールP』という2リットルの経口腸管洗浄剤。
食器棚を開けて数あるコップの中から、お気に入りのマイコップを取り出す。
マイコップと2リットルの下剤を持って、共に着席。
(準備は整った。ここからが本当の闘いだ…)
変な緊張感に襲われる。
テレビをつけて、録画してある面白いバラエティ番組を見ながら飲むことにした。
とにかく気を紛らわさないと…
早速、マグコロールをコップに注ぐ。
ポカリと同じく、マグコロールも白く濁った液体だった。
そして…
徐々にコップを口元に近づけさせて…
記念すべき第1口目!!!
飲んだ瞬間…
やっぱり『ポカリのような味』だった。
Googleで調べた時、クチコミで言っていた通りのポカリの味。
まだ飲み始めて最初の方は、少しずつだけどゴクゴクと順調なペースで飲むことができた。
でも…
残り約半分に差し掛かかると、だんだんお腹いっぱいになってきた。
空腹の中、しかも朝からポカリのように、変に甘い医療用の飲み物を飲んでいると思うと、次第に吐き気を催してきた。
今まで飲んだ分の下剤が、胃から逆流しそうになってくる。
さすがに2リットルは多すぎる。
どんどん苦しくなってきて、ペースが急激に落ちる。
(うわ。。これきっつい…)
朝起きてすぐ、2リットルも飲める人いるの?
何でこんな量を飲まなきゃいけないの?
もう心が折れそうになった。
でも…
2リットルの下剤を2〜3時間かけて飲んで、大腸の中が空っぽにならないと検査ができない。
そう思うと…
(やばい、もっと早く飲まなきゃ…)
だんだん焦ってきて、無理にでもペースを上げてグイグイ飲み続けた。
事前に冷蔵庫で下剤をキンキンに冷やしておいたからか、体の芯から凍えるように寒気が襲ってきた。
(寒い。苦しい。辛い。もう吐きそう…)
ここでトイレに駆け込んで、全部吐いたら…
今まで頑張って飲んだ分が水の泡だと思った。
だから…
(ここで絶対、吐くわけにはいかない…!)
なんとか下剤が逆流してこないように踏ん張った。
検査予約の時…
看護師さんは、大体5.6回トイレに行けば、固形物も出てこなくなって色が透明に近い水様便に変わっていくと言っていた。
(まだまだ全然ダメじゃん…)
自分の目の前には、なかなか減ってくれない大量の下剤。
テレビで好きなバラエティ番組を見ても、全然面白いと思えない。
だんだん嫌になってきてしまった。
滝のように吐く直前というところまで、頑張って飲み続けた。
でも…
結局最終的に、残りあと900ミリリットルというところで、限界を感じた。
それから一口も飲むことなく、飲むのをやめて諦めてしまった。
(下剤に打ち勝つどころか、もはや惨敗…)
下剤も全部飲めなかった上に、トイレに行ってもまだ固形物が出てきてしまう。
(なんて言われるかな…もしかしたら検査できないかもしれない)
でも…
とりあえず今は、病院に行かなきゃと思った。
モビプレップ地獄
ママと電車に乗って病院へ向かう。
検査3日前から、力の出るガッツリ飯も食べていない。
今日も下剤を飲むだけで、何も食べていない。
だから…
もう体がフラフラで貧血気味になってしまった。
(全然、力が入らない…)
それでも、最後の力を振り絞って病院まで行く。
この時期は…
立っているだけで、汗がじんわり背中を伝っていくほど暑い季節だった。
セミがうるさいほど活発に鳴く真夏。
体の中の水分がどんどん出ていってしまう。
本当は水分を取らないといけなかった。
だけど…
下剤でもうお腹いっぱいだった。
だから…
家を出る前に水分を取らないまま出てきてしまった。
だからなのか、何だかすごく頭の中がクラクラして、意識が遠のいていくような感じになった。
(もしかして熱中症…?)
フラフラしながらも頑張って歩いた。
家の近くの最寄り駅に行くのもやっとだった。
それから…
ガタンゴトンと電車に揺られながら、駅に着いた。
駅から病院まで10分ほど歩いて、やっと病院に到着。
入り口の自動ドアを抜けて、スリッパに履き替える。
周りの迷惑にならないように、静かに病院の中へ入る。
座っている患者さんを見渡すと…
来ている人のほとんどが、お年寄りの患者さんだった。
自分みたいに若い人は誰1人いなかった。
「今日、内視鏡検査を予約してるんですけど…」
受付にいる看護師さんに、そう伝える。
看護師さんは私のカルテを探し出した。
そして…
それからいくつか質問をされた。
・下剤は全て2リットル飲めたか?
・トイレは全部で何回行ったか?
・便の色は透明になったか?
などなど…
それに対して…
・下剤は全部飲めなかった
・トイレの回数もまだまだ少ない
・便の色も透明には程遠い
看護師さんに伝える。
すると…
「このままじゃ、検査はできないから…」
そう言われてしまった。
(やっぱりそうだよなぁ…)
すると…
「少しまずいけど追加で下剤を出すから、これを全部飲んで欲しいの」
そう看護師さんから言われてしまった。
そして…
プラスチックのコップに、なみなみに注がれた溢れんばかりの下剤を渡された。
コップを受け取ると…
いかにもぬるい常温だった。
地獄に突き落とされた気分になった。
せめて、冷蔵庫でキンキンに冷えた状態で渡して欲しかった。
ここは病院だし、常温で渡されるのは当たり前のことかもしれないけど…
しかも…
1回で飲みきれるような小さなコップではなく、結構大きいプラスチックのコップに注がれていた。
嫌がらせ…?
と思うほど満タンに入っていて、溢れそうなほどの量だった。
(まずいのかな…ていうか、こんなに注がなくてもいいじゃん…)
一点の濁りもなく、透明に透き通っている液体。
だから…
見るからにマグコロールとは違う下剤だということがわかった。
(この下剤は、どんな味がするんだろう…)
なみなみに下剤が注がれたコップに、鼻を近づけて匂いを嗅いでみると…
ほのかに梅風味の酸っぱい匂いがした。
不味そう。。
ポカリ味の次は、まさかの梅味…?
瞬間的に、吐き気を催してきそうになった。
もう自分の中で、味がまずいのはほぼ確定された。
絶対に飲まなきゃいけない。
これ以上逃げらない。
これが最終手段と言われているような雰囲気を醸し出していた。
息を止めて、思い切って飲んでみた。
飲んでみると…
!!!
(不味すぎる…!)
一気に口の中が、梅の酸っぱさでいっぱいになった。
口がまるで断固拒否しているかのようだった。
そういえば…
マグコロールの味を調べた時のこと。
数ある下剤の中で、梅風味の下剤もあると書いてあったのを思い出した。
もしかしたら…
きっとこの下剤のことかも!と思った。
これは『モビプレップ』という下剤。
梅の味。
私の苦手な味。
多分、みんなも苦手な味…だと思う。。
全然、喉を通っていかない史上最悪な味。
こんな得体の知れない液体を口の中に入れるな!と自分の体が悲鳴をあげているかのようだった。
そして…
飲んでいくと同時に、吐き気も次第に催してくる。
(吐いたらヤバイ…吐いたらヤバイ…)
だけど…
ここで一度コップから口を離してしまうと、2口目は今以上に飲むのが辛くなることはわかっていた。
(もう不味すぎて、死にそう…)
諦めそうになりながら、心の中で何回も呟いた。
チビチビと少しずつだけど、今ある力を振り絞ってゴクゴク飲んでいった。
コップの中の下剤がみるみる減っていく。
吐き気を慎重に抑えながら、最後の1滴も残さず一気に飲み干した。
もう本当に不味すぎて、人間が飲む飲み物の味ではないと思った。
看護師さんに聞くと…
検査前は、水とお茶は飲んで良いとのことだったので、500mlのペットボトルのお茶を、全部飲み切る勢いでガブガブ飲んだ。
お茶によって、モビプレップの梅味が口の中からどんどん消えていく。
そして…
トイレに行き始めて5回目。
(もう透明になったし、これで大丈夫だろう…)
流さずに、トイレの便座の近くにある呼び出しボタンを押して看護師さんを呼んだ。
ボタンを押すとプルプルと小さな音が鳴った。
1分くらい待っていると…
トイレの方に向かってくる看護師さんの足音が聞こえてきた。
すると…
看護師さんが、トイレのドアをコンコンとノックして中に入ってきた。
もしこれでダメだったら…
また更に追加の下剤を飲むように言われるとわかっていた。
(それだけは絶対に避けたい…!)
入ってきた看護師さんにチェックをしてもらうと…
「固形物も出ていないし、これで検査できるね」
ようやくOKが出た。
(やった!頑張ってよかった!)
ここまで長かった。。
「検査の順番がまわってきたら呼ぶから、それまで待ってて」
そう看護師さんに言われた。
少しの間、待合室で待つことになった。
検査ができるようになるまで、自分が想像していた以上にすごい時間がかかった。
まだ本番の検査すらしていないのに、もうすでに疲れてしまった。
(前処置、大変すぎ…!!)
繰り返される針刺し拷問
看護師さんに名前を呼ばれて、一旦処置室に入る。
処置室に入ると、小さな椅子に座るよう促された。
看護師さんから…
今回の内視鏡検査は、鎮静剤で眠っている間に検査をすると説明を受けた。
「検査の前に点滴の針を入れておくね」と看護師さんに言われた。
(注射、怖い…)
そして…
点滴の注射をすることになった。
看護師さんが注射針を出して、準備をしている。
私は右腕だけ腕まくりをして、小さなクッションの上に腕を差し出す。
看護師さんは、腕のどこに刺そうか人差し指でトントンと叩きながら考えている。
「ここかな…あ、ここか…」
と看護師さんは言いながら、刺す場所を決めていく。
(あぁ、注射…刺されるぅぅ…)
刺されると思うと、だんだんドキドキしてきてしまった。
緊張しすぎて、心臓が飛び出てきそうになった。
看護師さんが…
「よし、ここだな…」
長時間悩みながらも、ようやく針を刺す場所が決まった。
アルコールが染み込んだ脱脂綿で、私の腕を擦る。
自分の血管は細いから、失敗しないように祈りながら、その瞬間を待つ。
(どうか一発で成功しますように…!)
看護師さんは、改めて刺す場所の確認を済ませる。
「ここかな…少しチクッとしますよ〜…1、2の3!」
痛ッ!!!
気持ち悪くなりそうだったから、なるべく針が刺さっている部分を見ないようにした。
看護師さんの顔を見てみると、険しい顔をしていた。
そして…
「あれ…じゃあこっち…かな?」
とボソッと呟いた。
(これ絶対ダメなやつじゃん…勘弁してよ…)
針を数ミリ抜いてみたり、またグッと深いところまで刺してみたり。
(いやいや、痛すぎるんですけど…)
いろいろ試行錯誤したはいいものの、看護師さんは結局、
「ごめんなさいね。一旦抜きますね〜…」
そう言った。
針が刺さっている部分を脱脂綿で強く抑える。
そして…
そのままスーッと真っ直ぐに針を抜いていく。
この瞬間も地味にチクッと痛みが走る。
(また最初から仕切り直しかぁ…)
看護師さんがまた次に刺す注射針の準備をしている。
すると…
だんだん血の気が引いていって、吐き気がしてきた。
看護師さんに言うと、ベッドに横になるように言われる。
3分くらい休んだら、だいぶ吐き気が落ち着いてきた。
寝たままの状態で、看護師さんがまた針刺しを再開する。
右腕で失敗した後は、左腕に刺すことになった。
そして…
またしても、失敗してしまった。
次はまた戻って右腕に刺すことに。。
なんとか3回目の針刺しでようやく成功した。
(やっと終わった…もう疲れた…)
検査前の準備がやっと一通り終えることができた。
左右の腕には止血用テープが2つと、点滴の針が刺さっていて、なんとも痛々しい姿になってしまった。
ようやくベッドから起き上がる。
そして…
点滴の針に気を遣いながらスリッパを履いて、静かに待合室に戻る。
待合室で待っている間…
針の部分を見ると、また気持ち悪くなってきそうだった。
気を紛らわすために、ママと静かにコソコソ話をしながら待つことにした。
すると…
ついに、自分の順番が回ってきた。
(ここまで長かった…やっとだ!)
看護師さんに案内されながら、検査室のドアを横にスライドさせて中へ入った。
初めての内視鏡検査
検査室に入ると…
部屋全体にたくさんの医療器具が置かれていた。
(なんか医療ドラマみたいな光景…)
すると…
「体の左側を下にして、膝を抱えるようにベッドに横になってください」
と、検査室まで案内してくれた看護師さんに言われた。
スリッパを脱いでからベッドに上がって、疼くまるように横になった。
看護師さんに、膝や手の位置を調整してもらう。
すると…
左右にいる看護師さんに、血圧計を腕に通して血圧を測られる。
それから…
人差し指の指先にパルスオキシメーターをつけられる。
初めての内視鏡検査で流れが全くわからなかった。
検査前の準備が着々と整っていく。
大人しく待っていると、検査室のドアが開いた。
(誰か入って来た…)
ドアの方を見てみる。
すると…
手術着のようなものを着た1人の男の先生が部屋に入ってきた。
どうやら…
この男の先生が、自分の大腸を診てくれる人らしい。
漂う雰囲気で優しい先生だということがすぐに伝わってきた。
(優しい先生に限る…!!)
「じゃあこれから眠くなる薬を入れていくね」
と言われて、先生が注射器を手に持った。
(鎮静剤ってどんな感じかな、初めてだから何もわからない…)
鎮静剤がゆっくり少しずつ入ってくる。
すると…
だんだん頭がぼんやりしてきた。
自分の体が、どんどん下へ下へと沈んでいくような感覚がする。
だんだん、もう目を開けていられないくらいすごく眠くなってきた。
人生初めての『鎮静剤』。
今ままで感じたことのない不思議な感覚だった。
検査直後の安心と恐怖
朝、目が覚める感覚と同じように目が覚めた。
気付いたら、フカフカした1人掛けのソファに座っていた。
誰にも見られないように、カーテンが180度周りにかかっている。
カーテンで仕切られているこの部屋は、薄暗くてとても狭い。
外の様子も全くわからない。
ここが病院の中のどこにあるのかもわからない。
しかも、カーテンの外からは誰の気配すら感じない。
鎮静剤の影響なのか、まだ頭がぼーっとしていた。
フラフラするし、なんだか寝足りないかのようにまだ眠かった。
看護師さんから呼ばれるまで、寝たり起きたりを何回も繰り返した。
眠い中、いろいろ考えて不安な気持ちになった。
(検査の結果はどうだったかな…大丈夫かな)
もう内視鏡検査は終わったし、結果は出ているはず。
だから…
良くても悪くても出た結果をちゃんと受け入れようと思った。
(でももし、本当に結果が悪かったらどうしよう…)
心配で、心配で、仕方なかった。
いい方向に考えたいけれど、悪いことばかり考えてしまう。
・余命宣告
・この先長く生きられない
・癌が他の臓器に転移している
などなど…
今日の検査結果次第で、もしかしたら自分のこの先の『運命』が決まるかもしれない。
(これからどうなるのかな…病気になりたくない…)
内視鏡検査が終わってから、眠すぎていくら寝ても全然起きることができなかった。
そして…
遠くの方から誰かがこっちの方に向かって歩いてくる足音が聞こえた。
(誰か来る…まだ眠いけど、さすがに起きなきゃダメか…)
近づいてくる足音を聞いていると、カーテンの前でその足音は止まった。
すると…
思いっきりシャーっとカーテンを開けられた。
看護師さんが来て、名前を呼ばれて起こされた。
カーテンが開いた先の景色を見ると…
自分が今、病院の中のどこにいたのかがやっとわかった。
(今、何時だろう…随分長い間寝ちゃった気がする…)
時計もないから、今が何時なのか全くわからなかった。
そのまま少しふらつきながらも歩いて、ママが待っている待合室に戻る。
病院の外を見ると空はオレンジ色に染まっていた。
寝ている間に、もう夕方になっていた。
(昼頃から検査して、もう夕方かぁ…)
検査は、思ったよりも結構時間がかかった。
たしか内視鏡検査って、早くて20分で終わるとか言っていた気がするけど…
(早く結果を聞いて、家に帰りたい…)
夕方だからなのか、病院は患者さんたちで混んでいた。
看護師さんたちも、とても忙しそうにしていた。
待合室で座ってのんびりしていたら、だんだん目が覚めてきた。
立ち上がっても、やっとフラフラしないくらいに戻ってきた。
(たくさん寝て、完全復活…!!)
そして…
アナウンスで自分の名前が呼ばれて待合室に響き渡る。
椅子から立ち上がって、診察室のドアを開けてママと一緒に中へ入る。
ポリープで埋め尽くされた大腸
「検査、お疲れ様でした」
先生と軽く挨拶を交わして、検査結果を聞く。
検査の結果…
・大腸全体に数えきれないほどのポリープが発見された。
・悪性か良性かは病理診断の結果次第
・パパが大腸癌だったことから遺伝の可能性が高い。
ポリープの状態を見る限り、悪性の可能性は低いとのこと。
そして…
『家族性大腸腺腫症(FAP)』という病気の疑いがあるという診断だった。
肉眼的に正常粘膜が観察できないほど、腺腫が密生している密生型FAPとのことだった。
(やっぱり病気…そんな気がしていたんだよな…)
この病気は…
・一生付き合っていかなきゃいけない病気
・大腸以外の臓器も影響があるかもしれない
・子供に50%の確率で遺伝する
などなど。
パパからの遺伝ということは…
自分の体から生まれてくる子供にも、50%の確率で遺伝するということだ。
将来は自分だけの問題ではなくなってくる。
そして…
ポリープを取らないでそのまま放置した場合、将来100%大腸は癌化する。
大きくなったポリープをこれ以上大きく成長しないように、定期的に内視鏡検査をしてポリープを切除しなければいけないらしい。
そして…
一応、病理検査に出して、悪性のポリープがないか調べてもらうとのことだった。
病理結果が出るのに2週間くらいかかる。
だから…
また2週間後、結果を聞きに病院に行くことになった。
先生に、
「この病気は、将来、大腸を全摘する手術をしないといけないよ」
と言われた。
でも手術は…
・結婚して子供産んでからでも遅くない
・今すぐ手術しなくても大丈夫
そう聞いて、少しホッとした。
だけど…
手術と聞いて、ちょっと怖くなった。
次回からの内視鏡検査は、
3ヶ月後にまた内視鏡検査をして、ポリープの成長具合を見て落ち着いてきたら、半年に1回ペースになるらしい。
内視鏡検査でポリープを切除したあとは、出血しやすくなっているとのこと。
検査をした日から1週間、食事など気をつけなきゃいけないことがあるらしい。
看護師さんから、注意しなければいけないことの説明を受けた。
・激しい運動、旅行
・脂っこい揚げ物などの食べ物
・香辛料のきいた食べ物
・お酒
などなど…
お酒や脂っこい揚げ物などの食べ物、香辛料はこの1週間に限らず、毎日の生活であまり食べない方がいいと言われた。
最後に、先生から
「じゃあ、また2週間後に来てくださいね」
と言われて、診察室を出た。
診察室から出ると、仲良くなった看護師さんと少し会話をした。
看護師さんから、
「あと少し検査するのが遅かったら大変なことになってたよ。
今日本当に来てくれてよかったよ。
ポリープはたくさんあったけど、不幸中の幸いだね」
と言われた。
(“あと少し遅かったら大変なことになってた”ってどういうこと…?)
やっぱり私の体、深刻な状態だったんだ。。
(でもとりあえず、ポリープ取ってもらってよかった…)
あとは病理の結果だ。
早期発見が1番大事
内視鏡検査をしてから2週間後。
取ったポリープの病理結果を聞きに、また病院へ行った。
結果…
今回の検査で取ったポリープは、全て良性のポリープで大丈夫とのことだった。
よく病気の早期発見は大事ってテレビでやっている。
だけど…
自分が病気になって改めて、本当に早期発見は1番大事だなと思った。
もし病気だったら…
もし入院とか手術になったら…
人間誰もが、そう考えると不安になるし怖いと思うかもしれない。
だけど…
何か少しでも自分の体に異変を感じたら、すぐ病院に行く。
これが『早期発見』につながる。
自分の体を守る上で、すごく大切なことだと思う。
それでも…
自分の体に不安になるような症状が現れているにもかかわらず…
自分は大丈夫だから!
まさか病気になるわけがない!
癌になんてなるわけない!
このようにいつまで経っても、病院に行かない人も多いかもしれない。
自分も病院に行くまでは、死ぬほど怖くて不安になりながらも…
なんだかんだ健康体だし!
まだ若いんだから!
こんなふうに、頭の片隅ではそう思っていた。
だけど…
それは単に、自分がそう思いたかっただけだった。
本当に人生は何が起こるかわからない。
1年前の自分に…
「1年後、病気になるよ」
そう言っても絶対に、信じてくれないだろうなと思う。
1年前の私は、こんな未来を想像していなかった。
『病気』や『癌』というと…
若い人はならないっていうイメージが強かった。
だけど…
若いからとか、歳をとっているからとか、病気に年齢は全く関係ないんだなと思った。
自分の知らない間に大腸に無数のポリープが、音も立てないくらい静かに、どんどん増えて広がっていたなんて。
自分の体なのに全然気づかなかった。
家族性大腸腺腫症は、定期的に内視鏡検査をする必要がある。
検査前の前処置も含めて、辛いし、決して楽な検査ではない。
だけど…
検査をしながらも病気とうまく付き合って、今までと変わらず元気に生活をすることはできる。
元気に、健康に過ごせること以上に、幸せなことは何ひとつないと思う。
普通に楽しく暮らせることがいかに幸せなことか、よく考えるようになった。
たくさん悩みがあったとしても、体が元気で健康なら幸せだと思う。
元気に生きていれば…
・好きなものをたくさん食べられる
・やりたいことも何でもできる
・何にだって挑戦できる
病気にならないためにも、今できる『予防』をするのが大切なんだと思う。
もし…
自分が怖いからという理由だけで、血便が出ているのにもかかわらず放置していたら…
あの日、内視鏡検査をしに行っていなかったら…
考えるだけで怖くなってくる。
病院でちゃんと内視鏡検査を受けていなかったら、私はどうなっていたんだろう。
とりあえず初めて内視鏡検査をして、自分の体について知ることができて少し安心した。
胃にも存在していたポリープ
家族性大腸腺腫症は、胃にもポリープがある可能性が高いらしい。
だから…
念のため、胃も調べておいたほうがいいと言われた。
胃カメラの予約を済ませて、1週間後に胃カメラの検査をした。
そして…
大腸の時と同じように、胃カメラも鎮静剤で眠っている間に検査は終わった。
結果…
胃にも何個かポリープが発見された。
(やっぱりね、あるよね。絶対あると思った…)
2年半の内視鏡検査生活
大腸内視鏡検査と胃カメラは、定期的に病院に行って検査しなければいけない。
(この先の人生、ずっと検査して生きていくなんて…)
と考える日も多々あった。
でも、病院に行くと…
看護師さんが変わっていたり、新しい先生が加わっていたり、その度に話したりして仲良くなった先生や看護師さんもたくさんいて、
病院は嫌いだけど、先生も看護師さんもみんな優しいから、会うのが楽しみになっていった。
だけど…
その中には、感じの悪い先生や看護師さんも少なからずいた。
もちろん、いろいろな人がいるからね。。
そこはやっぱり仕方ないよね。笑
私の胃と大腸を診てくれる先生は、私の話をいつも親身になって聞いてくれる優しい先生だった。
私を診てくれる先生が先生で本当によかったと思った。
病院にくるたび、元気をもらう。
おかげで検査は毎回、頑張ることができた。
そして…
半年に1回、内視鏡検査で大腸にある大きく成長したポリープを取って、胃カメラもして…
そんな検査を繰り返す生活が、約2年半続いた。
先生、看護師さん、そして、家族みんなに支えられて、2年半の内視鏡検査を頑張ることができた。
ということで、今回はここまで!!
最後に…
今回は、
私の闘病日記vol.1
『家族性大腸腺腫症(FAP)診断』
をみなさんにお話しました。
いかがでしたか?
次回は、今回の続きをみなさんにお話していきたいと思っています!
↓↓こちらから続きが読めます!↓↓

ぜひ、読んでね!!
最後までお読み頂き
本当にありがとうございました。