今回は…
私の闘病日記vol.20
『手術翌日の朝』
をみなさんにお話ししたいと思います。
前回のお話を読んでいない方はこちらから
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

そして。
私と同じ病気で悩んでいる方。
または。
大切な家族に私と同じ病気に
かかってしまった方に向けて、
少しでも勇気になればと思っています。
そして。
私みたいに病気ではなくても、
人生を生きていれば、誰もが
悩みを抱えて生きていますよね。
仕事で抱えるストレスに、
人間関係のトラブル。
将来に不安を抱える人や、
お金で困って毎日の生活が息苦しくて…
中には『自殺』を
してしまう人だっています。
何か、もう、
消えてしまいたくなる気持ち。
私もそういう感情になった時あったので、
少し分かる気がします。
でもね…
正直に言えば!!
もしも今のあなたの体に何も病気がなくて、
元気な状態であれば…
私は、
あなたが『羨ましい』です。
だって…
私は22歳の時、大腸を手術で
全部『摘出』してしまったので、
日常生活でも不便なことが多い。
病気がなくて健康な人は、
いいなぁ…
と思うことも多いです。
でも!
人の悩みに、
大きいも小さいもない。
そんな風にも思います。
私みたいに『体』に問題を抱えてる人、
それに体は元気だけど『心』に
何かを抱えてる人。
いろいろな人がいるけれど、
『生きてる』ってことは、
本当にラッキーなんだよ。
そんな当たり前なことに今回、
あなたが気づいてくれたら嬉しいです。
私の闘病日記
では、ここからは、
私の闘病日記vol.20
『手術翌日の朝』
をお話していきたいと思います。
HCU病棟の朝
2019年2月5日。
手術翌日。
パチンッ
病室の電気がついたのと同時に目が覚めた。
じっとしていればそこまで痛みはないけど、昨日と同様全く体を動かすことができない。
術後がこんなにつらいなんて。。
病室にある小さな窓の外を見ると、青空が広がっていた。
もう朝になったんだ……
病室の電気がやけに眩しい。
HCU病棟の朝は少し賑やかだった。
看護師さんたちが、慌ただしく動き回っている。
病室の大きな自動ドアも開いていて、夜よりも開放的になっていた。
この日は、やっとHCU病棟から一般病棟に転棟する日。
つまり…
例のおばあちゃんがいる、あの病室に戻るということを意味していた。
『例のおばあちゃん』って誰だっけ?
と思った方は、この回のお話を読んでね!

『3.おばあちゃんの絡み』を読んでね!
一般病棟に戻れるのは嬉しいけど、またあのおばあちゃん…
もう会いたくないな。。
すごく憂鬱で複雑な気持ち。。
すると…
看護師さんが病室に入ってきた。
ベッドの柵にかかっているリモコンの、背中から腰にかけて起き上がりを補助する背上げのボタンを押して、ベッドの背もたれ部分を少し起こしてもらった。
「では、体を拭いていきますね〜」
と看護師さんは言って、テキパキと体を拭いていく。
なんでもやってもらわないと、自分ひとりでは何もできない。
体を拭くことさえ。
本当、、嫌になる……
看護師さんと年齢が近いということもあって、話題はジャニーズの『嵐』の話になった。
ちょうど数週間前に、嵐が活動休止するとニュースでやっていた。
「嵐の中だったら誰が1番好き?」
「何の曲が1番好き?」
などなど。。
いろいろ話ができて、少し気が紛れた。
看護師さんに感謝カンゲキ雨嵐。。笑
すると…
「もう少ししたら歩くことになるから、靴下(弾性ストッキング)も脱いでおこうか…」
と看護師さんは言った。
弾性ストッキングを脱がせてもらうと…
足が、、
めっちゃスッキリ……!!
弾性ストッキングの窮屈さから、やっと解放。。
もう絶対履きたくない。。
あと、弾性ストッキングに似た、あのメディキュットも絶対買わないと誓った。笑
レントゲン撮影と回診
それから数分後。
レントゲンを撮るため、大きな機械を連れた放射線技師が病室の中に入ってきた。
というか、、
機械が大きすぎて、病室の中に入るのが結構ギリギリ。。
壁にぶつかりそうで危ない。
この大きな機械を使って、寝た状態のままレントゲンを撮るらしくて。。
いや、でも、、
この状態で一体どうやってレントゲン撮るのかな…?
そんな風に考えていると…
痛っっ……!!!
放射線技師は、ベッドと私の背中の間に鉄の硬い板のようなものを入れた。
位置確認のため、体を動かすたびに激痛が走る。
イタイ、イタイ、イタイ、、
ちょっと待って、待って、本当に。。
痛すぎる……!!
それから何回か撮影を繰り返して、無事にレントゲン終了。
少し体を動かすだけでもこんな痛いのに、、
このあとちゃんと歩けるかな…
一気に不安になった。
レントゲンが終わってから少し休んでいると…
大腸外科の先生たちが、ぞろぞろと病室の中に入ってきた。
なんだか今日は、いろんな人が病室に来るな…
その中には主治医もいて、知っている先生や知らない先生もたくさんいた。
そして、チャラ男先生も発見。笑
『チャラ男先生』って誰だっけ?
と思った方は、この回のお話を読んでね!

『3.チャラ男先生との出会い』を読んでね!
話を戻して…
「櫻根さん、どうですか〜?」
と、ひとりの先生は言った。
誰だろう、、
見たことない先生だけど。。
それに…
どうですか?、、と聞かれましても。。
“大丈夫です”と答えようと思ったけど、全然大丈夫なんかじゃないし…
だからといって、、
もうダメ!!
無理!!
しんどい!!
なんて言うのもね。。
とりあえず軽く、こくりと頷いた。
顔も髪もグチャグチャ……
誰も見ないで。。
今の自分の状態のひどさは、鏡を見ないでもなんとなくわかる。
私以外、誰もそんなこと気にしていないだろうけど…
先生たちは手術の傷やストーマの確認をしたり、管をチェックしていた。
全ての確認が終わったあと、大腸外科の先生たちは病室の外へと出ていった。
初めての車椅子
大腸外科の回診が終わったあと、
「ちょっと病室から出て、早速歩いてみようか!」
と看護師さんは言った。
よし……
なにがなんでも
絶対に歩く……!!
前回のお話でも少し説明したけど、術後歩かなければいけない理由について詳しくまとめてみました!
どうして術後歩かなきゃいけないの?
手術後、早い時期から立って歩くなど、ベッドから離れて生活できるようになることを『早期離床』という。
ベッドの上で過ごす時間が長くなると、合併症が起こりやすくなる。
合併症を予防するために、早期離床を目指すことはとても重要。
〜合併症の種類〜
足の静脈に血栓ができる深部静脈血栓症や肺塞栓症、肺炎、筋力低下など。
簡単に言うと、前回もお話した通り…
『術後の合併症を防ぎ、回復を早めるため』
看護師さんに支えてもらいながら、まずは背中を起こしてみる。
すると…
頭の方からスーッと血の気が一気に引いていった。
無理かも、、
気持ち悪くなってきた……
何だか、気が遠くなるような感じ。。
ただ背中を起こしただけなのに、目の前がグラグラする。
やっぱりそう簡単にはいかないみたいで。。
自信ない…
もう歩ける自信ないよ……
とりあえず一旦、また横になって休むことに。
そして数分後。
また看護師さんに支えてもらいながら、背中を起こしてみる。
今度こそ、、
絶対に。。
背中を起こしたあと、そのままベッドの脇に足を出して座る。
でも、今すぐにでもベッドに横になりたい。
つらい。。
吐きそう……
まるで自分が自分じゃないみたい。。
体のだるさと吐き気に耐えながら、ベッドの柵に手をかける。
信じられないくらい、力が全く出ない。
こんなに思うように体が動かないのは、人生で初めてだった。
いつも簡単に当たり前にできていたことが、何ひとつできない。
悔しい。。
看護師さんに支えられながら、点滴スタンドに手をかける。
ここからが本番。。
手と足にグッと力を込めて、その場で立ってみた。
一瞬気を失いそうになりながらも、深呼吸を繰り返してなんとか堪える。
倒れそう……
限界かも。。
ただ立っているだけなのに、ものすごくしんどい。
まるで地震が起きているかのように、目の前がグラつく。
お腹もすごく痛くて、なかなかその場から動くことができない。
早く歩かないと、、
このままだと
一般病棟に戻れない……
不安と焦りばかりが募る。
でも、ここで諦めている場合じゃない。
気合いで乗り越えるしかない。
もはや自分との闘い。
そこへ、看護師さんが車椅子を持ってきてくれた。
「つらかったら、いつでも座ってね!」
と言ってくれた。
ありがとう、看護師さん。。
一旦、車椅子に座ろうかな。。
ただ、ここで問題がひとつ。
お腹の激痛や強烈な倦怠感によって、すぐそこにある車椅子までたどり着くのは困難であること。
私が今いるのはベッドの脇。
そして、車椅子があるのは病室の出入り口付近。
この距離約2メートル。
普通に元気な人なら2、3歩歩けばすぐにたどりつくだろうけど…
今の私は、一歩一歩死ぬ気でいかないと車椅子までたどり着くことはできない。
負けるな……
ポジティブに、前向きに。
自分を奮い立たせて、なんとか一歩一歩進んでいく。
あと少し、もう少し。。
そして…
やっとのことで車椅子に到着。
2メートルの距離が100メートルのように感じるほど、疲れがドッときた。
そっと車椅子に腰をかける。
人生初めての車椅子。
まさか22歳で車椅子に乗ることになるなんて、想像もしていなかった…
車椅子に座るのはもっともっと先のことで、おばあちゃんになってからだと思っていた。
ちょっと、、ショック…
でも、このままじゃダメだ。。
車椅子に座ってばかりじゃ、良くなるものも良くならない。
もう一度、歩こう。
そう決意した。
私は、絶対に諦めない!!
ウォーキングリベンジ
車椅子から立ち上がって、再び点滴スタンドに全体重をかけた。
それから看護師さんに支えてもらいながら、一歩ずつ前に進んでみる。
重力によって、傷口がグーッと下に引っ張られているような感覚。
痛い、、痛すぎる……
吐きそう、体だるすぎ。。
なかなかスムーズに前へ進むことができない。
お腹が痛すぎて、自然と前屈みになってしまう。
まるで”腰をやってしまったおばあちゃん”のような歩き方に。。
それでも頑張って、一歩ずつ前へ進んでいく。
そして…
大きな自動ドアを抜けて、やっと自分の病室から出ることができた。
ほんのちょっとの距離なのに、歩くだけでこんなに時間かかるなんて…
HCU病棟内は、数多くの看護師さんが慌ただしく動き回っていた。
みんな忙しそう。。
ナースステーションには、HCU病棟で入院している患者さんたちの様子が映されている映像モニターと、心電図のモニターがあった。
一般病棟と
全然雰囲気が違う……
ナースステーション前の長い廊下には、自分と同じように頑張って歩いている患者さんや、車椅子に座っている患者さんが数人いた。
私以外にも、HCU病棟で入院している人こんなにいたんだ…
みんな病気と闘っているんだな。。
私も頑張らなきゃ……
そのまま長い廊下を少しずつ歩いていく。
すると…
HCU病棟のベテラン看護師さんが近づいてきた。
多分だけど、、
見た目や雰囲気でベテランと判断。笑
「すごい、、ちゃんと歩けてるじゃん!」
「頑張ってるね!」
と声をかけてくれた。
嬉しすぎる……
こんな嬉しい気持ちになったの久しぶり。。
最初は『怖そうな看護師さん』っていうイメージだったけど、すごく優しい看護師さんだった。
ありがとう。。
もっと歩けそうな気がする…
傷口がずっしりと痛む中、途中で何回か立ち止まったりしながらも、それでも頑張って歩き続けた。
看護師さんの力を借りずに、長い廊下を1往復歩くことに成功。
そのあと自分の病室に無事帰還した。
でも…
病室に戻ってきたはいいものの、ベッドに横になるのも一苦労だった。
お腹は痛すぎるし体にはたくさん管も繋がっていて、いちいち絡まってめんどくさい。。
まだまだ看護師さんがいないと、ひとりでは何もできないと痛感した。
看護師さんに手伝ってもらいながらベッドに横になると、歩けたことによるこの上ない達成感と安心感に包まれた。
結構ひとりで歩けた……!!
パチパチパチパチ……
とりあえず本当によかった。
最後まで諦めずに頑張ってよかった。
ホッと一安心。。
この調子で早く退院できるといいな…
ということで、今回はここまで!!
最後に…
今回は、
私の闘病日記vol.20
『手術翌日の朝』
をみなさんにお話しました。
いかがでしたか?
次回は、今回の続きをみなさんにお話していきたいと思っています!
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